高麗島伝説

  高麗島にまつわる沖の神島神社伝世の遺物

     
掻い摘まんで話すとこの島民は裕福で陶器を焼いて生計を立てていた。

島には石の地蔵が祭られていて、信心深い人々の夢枕に立って、

我顔が赤くなったならば大難の前兆だから早く逃げなさいと

お告げをしてそれが信じられていた。

ある日、いたずら者が島民をおどろかしてやろうと絵の具で

地蔵の顔を赤く塗ったところがたちまち島は海中に沈んで

しまったと言う話だ。

そしてこの高麗焼と呼ばれる陶器が野崎の神島神社の寶物や宮寺・

旧家などにもあると書いている。

沖の神島神社の神官が享保四年に記録した年中行事の中に

御壷拾壱有并焼物御鉢四ツ有是則異国退治之節御持参被成候ト

申傳也と蓋茶碗壱ツ有是も龍宮ヨリ御持参参被成候ト申傳也

とありその陶器類を神島神社宮司が転居するとき町歴史民俗館に寄贈しているので数点紹介する。

※これはあくまでも伝説でありますので陶器の出所、
年代は正確に記しておきます。

          (写真・説明は小値賀町教育委員会発刊の小値賀町文化財調査報告書第14集より参考)

              


釉四耳壷

寸法:  口径 10.0p  高さ 30.0p  底径 11.8p

産地:  中国・南方

時代:  明時代

呂宋壷呼ばれるもの。肩の四方に鐶耳を横に付ける。口縁部の外側から腰まで施した
灰釉は飴色に発色。口縁部上端jと内面および腰から下と平底の底部は無釉。ロクロ形式









               


  灰釉壷

寸法:  口径 12.5p   高さ  26.4p  底径  21.8p

産地:  中国・南方

時代:  明時代

粘土紺を輪積みして「叩きの技法」で形成。首を内側に傾斜させて寄せ、口部は平たく作る。
首の付け根に2本の陰刻圈線文を巡らせる。内外面に灰釉を施す。
外面は飴色を呈する。平たい底あ無釉







               


   
渇釉壷

寸法:  口径 12.2p  高さ 20.6p  底径 13.1p

産地:中国・南方

時代:  明時代

内外面にロクロ目が見える。口部を二段にした独特のつくり。外面に渇釉を施す。
内面と平底は無釉。









              


三彩陰刻花文蓋物


寸法:  蓋付総高 14.6p  高さ 10.5p  口径 18.3p 底部 p15.5p

産地:  中国・遼

時代: 11世紀後半

赤い陶胎の素地の上に緑釉と黄釉を掛け、胴の内面は白化粧に緑釉を施す。
蓋の表と胴の四方に簡略な陰刻の牡丹文を施す。




             


青磁陰刻花文稜花形皿


寸法:  口径 24.6p  高さ 4.8p  高台径 8.2p

産地:  中国 龍泉窯

時代:  明時代
 
口縁部はヘラで十弁稜花形に彫り、内面は鎬文様、中央に七花弁を陰刻する。